ご両親に知ってほしい:ASDおよびADHD特性を持つ若者の自殺リスクを減らす幼少期の肯定的な経験
今回は、自閉症スペクトラム症(ASD)と注意欠陥多動性症(ADHD)のお子さんをお持ちのお父さん、お母さんにも知ってほしい情報・論文が発表されているので書かせていただきました。

どうして自殺リスクと思われたお父さん、お母さんもおられるかもしれません。
ただ、令和2年の自殺対策白書では、15歳~34歳の人々の死因の第1位は自殺であり、男女別にみると、男性では10歳~44歳において死因順位の第1位が自殺となっており、女性でも15歳~34歳で死因の第1位が自殺となっています。
そして、この自殺について、神経発達症(ASDとADHD)の人は神経発達症(ASDとADHD)でない人に比べて多いというデータも発表をされています。
Woolfendenらは、ASDの成人の死亡率がASDでない人口の死亡率よりも2〜3倍高いことを発表されておりまた、カナダのADHDの研究では、ADHDの人は自殺行動の割合が有意に高く、一般の人と比較して発生率が約5倍、併存する精神疾患がある場合には、大幅に増大することがわかっています。
さて、今年の4月に以下のタイトルで論文が発表されました。
『ASDおよびADHD特性を持つ日本の若者の自殺リスクを減らす幼少期の肯定的な経験:人口ベースの研究』
(Positive childhood experiences reduce suicide risk in Japanese youth with ASD and ADHD traits: a population-based study)
この論文は明治学院大学の足立 匡基氏らの研究で、自閉症スペクトラム症(以後、ASD)の特性と注意欠陥多動症(以後、ADHD)の特性、および『幼少期の肯定的な経験(PCEs)※1』が自殺関連行動に及ぼす複合的な影響を、日本の青年および若年成人を対象にした大規模なサンプル調査の報告をされました。
対象:日本人の16歳~25歳の5,000人。
対象者に対して、ASD特性、ADHD特性、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』、および自殺念慮や自殺未遂を含む自殺関連行動を検証済み尺度を用いて測定、収集されました。
結果として:
1、ASDの特性とADHDの特性は自殺念慮と関連性があることがわかる。
2、ASDとADHDの両方の特性が強い人が、自殺念慮のリスクが最も高いことがわかる。
3、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』があると、自殺念慮との関連性が低くなることがわかる。
4、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』が多い人は自殺念慮のレベルが低いことがわかる。
5、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』は、ASDの特性およびADHDの特性と自殺念慮との関連性を低下させることがわかる。
6、自殺念慮に対する『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』の保護効果は、ADHD特性が強い人で特に顕著であることがわかる。
7、ADHD特性が弱い人とADHD特性が強い人では、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』のレベル(点数)が高いほど自殺念慮が低下することがわかる。また、後者のADHD特性が強い人でより強く影響することがわかる。
結論として述べられていることは:
ASDおよびADHDの特性が自殺リスクに累積的で複合的な影響を及ぼすと同時に、『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』が重要な保護的役割を果たしていることがわかった。
『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』は、特にADHD特性が強い人において、感情の調節不全と衝動性を軽減することができ、その結果、自殺関連行動の減少につながる。
さらに、発達初期に支援的な関係やよい養育環境を通じて 『幼少期の肯定的な経験(PCEs)』 を育むことで、自殺リスクを効果的に減らすことができる可能性があると述べている。
※1、幼少期の肯定的な経験(positive childhood experiences (PCEs))とは、Bethellらによって提案された7つの項目のことをいいます。家族との肯定的な関係、友人との肯定的な関係、学校/地域とのつながりなどが含まれております。
今回は、神経系発達症(ASDとADHD)の若者の自殺リスクを減らすためには『幼少期の肯定的な経験』が重要な要素となることを知ることができたと思います。
前回のブログ『心理師・千田の思考:メンタルが弱いと言われたり、自分でも思っている方へ、どうして弱くなった。』では、子供や部下に対して、客観的な指導とほめることの重要性を書かせていただきました。
こう見ていくと人が健康的に成長するためには、養育者、家族関係、友人、地域の人たち、会社での対人関係など、それぞれの関係で肯定的なかかわりが必須であることが分かる。
また、子供の成長には、乳幼児期の養育者との『愛着関係 ※1』がとても重要なのですが、その後も安全で安定した養育関係や家庭環境を土台にして、友人関係や地域とのつながりなど、学校・社会環境での肯定的な経験が、子どもの健康的な発達のために重要な要素となっている。
※1 愛着関係とは、乳幼児と養育者の間で形成される絆(安全で安定した情緒的な結びつき)のことをいいます。
お父さん、お母さんまずはやれるところから始めませんか。
1、夫婦・カップルの関係性が安定していることが子供にも重要です。
自分たちの関係に満足を得ているか、お互いに養い、肯定し、支えあっていることが大切です。
2、関係性がうまくいかず離婚や別れてしまっている場合、養育者の精神的に安定が子供の精神的安定につながるので、まずは養育者が精神的に安定できるように、地域・自治体などのサポート機関を利用するなどしていただきたい。
3、お父さん・お母さんがペアレント・トレーニングを学ばれることも一つです。
ペアレント・トレーニングとは、子どもの行動変容(子供の行動を変化させる)を目的として、親がほめ方や指示などの具体的な養育スキルを獲得することを目的に学ぶ。
参考文献
1、厚生労働省令和2年版自殺対策白書
2、A systematic review of two outcomes in autism spectrum disorder: epilepsy and mortality.
Woolfenden S, Sarkozy V, Ridley G, Coory M, Williams K. Dev Med Child Neurol. (2012) 54:306–12. doi: 10.1111/j.1469-8749.2012.04223.x
3、Suicidal behaviour among persons with attention-deficit hyperactivity disorder
Fitzgerald C, Dalsgaard S, Nordentoft M, Erlangsen A. Br J Psychiatry. (2019) 215:615–20. doi: 10.1192/bjp.2019.128
4、Positive childhood experiences reduce suicide risk in Japanese youth with ASD and ADHD traits: a population-based study
Front. Psychiatry, 30 April 2025
Sec. Adolescent and Young Adult Psychiatry
Volume 16 - 2025 | https://doi.org/10.3389/fpsyt.2025.1566098
5、Positive childhood experiences and adult mental and relational health in a statewide sample: associations across adverse childhood experiences levels.
Bethell C, Jones J, Gombojav N, Linkenbach J, Sege R. JAMA Pediatr. (2019) 173:e193007. doi: 10.1001/jamapediatrics.2019.3007